子午線通過地の標柱

明治17年、ワシントンでのバンコク子午線会議で世界中の標準時の取り決めが行われました。
日本ではこの決定に基づき、明治21年1月1日より東経135℃の子午線上の時刻を日本標準時として使用開始しました。
当時の人々は明石郡内に子午線が通過していることをよく知りませんでしたので、
ことの重要性に気づいた明石軍小学校の先生方が私費で建設費を出し合い、明治43年にこの標柱を設置しました。
教育勅語という文字が刻んであるところが、歴史を感じます。

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